11年ぶりのシリアとの電話!変わらぬものと変わってしまったもの

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私は2009年10月にシリアから帰国しましたので今年で11年が経ちます。それまで連絡取れる人、取れない人がいたのですが、ここ最近私の配属先だったナシャビエ農業試験場のワーカーからfacebook電話が頻繁にくるようになりました。

連絡を取れない事情…

」ずっと連絡を取りたいとは思ってはいましたが手段がありませんでした。パソコンを持っている人とはメールなどで連絡を取っていましたが、ワーカーで持っている人はいません。おそらく給料も安いので買うこともできず、買ったとしても使いこなせる人はいないからです。

しかし今ではシリアでもスマートフォンが普及しており、facebookで私を見つけたのか、最近はほぼ毎日連絡をくれます。ほぼ10年ぶりの声、姿に涙が出るほど嬉しかったです。

10年たっても変わらない挨拶!

挨拶は相変わらずで

「エンテ ホマール(おまえはロバだ)。」

「エンテ カルブ(おまえは犬だ)。」

「エンテ トンバルジー(おまえは油売りだ)。」

「アーティニー ミートダラー(100ドルちょうだい)。」

など相手を馬鹿にする言葉。もちろんジョークですが一番最初に彼らから教わり、毎日のように使っていた言葉です。

近況を報告しあったのですが、ワーカーも様々でシリア国外に避難した人、国内にいても住処を追われ別な場所に避難した人、特に影響を受けていない人、そして亡くなってしまった人…もう10年前とは何もかもが変わってしまいました。

今よく電話をくれるのはアイマンとホサーン。

アイマンは引き続きナシャビエ農業試験場で仕事をしている一人です。話は穏やかで10年前と何も変わりません。お金は苦しいけどなんとか生活もできてるとのこと。

一方ホサーンはドイツに難民として逃れて今は普通の部屋を借りて生活しています。綺麗な部屋で生活しており、お金も生活するには十分もらえているそうです。明らかにシリアで生活するよりは(物質的に)豊かな生活をしています。そしてシリアには帰りたくないと。それが紛争が理由なのか、シリアでの生活よりもいい生活ができているからかはわかりませんが。

聞きたいことが聞けないジレンマ…

聞きたいことは山ほどあります。でも何をどこまで聞いていいのか。もしかしたら誰かがそばで聞いていたり、盗聴していたりと考えると怖くて聞けません。聞いたところで答えてくれないと思います。仮に答えてくれたところで自分が何をできるのか。

シリアに完全な平和が戻り、散り散りになったシリアの人たちが祖国へ戻り、自分たちの国を再建する…というのが思い描く理想的なストーリーなのかもしれませんが、なかなか難しいのが現状です。

しかしまずはそれぞれが元気でいてほしい…それが今の唯一の願いです。

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